わたし、入院していますep.6
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今日で一月が終わる。
一月の終わり、立春前のいちばん冬が濃い時。まずは蝋梅が咲き始めてそのあと梅が咲いて、冬と春のバランスが毎日少しずつ変わっていくようなそんな時期、外を歩きながら春を見つけるのが好きなんだけど今年は無理みたいだ。
週末の病院は静か。緊急以外の検査入退院もなく、病棟も静か。
そう、今はコロナ禍で面会ができないので、病棟のフロアには入院患者とスタッフしかいない。入院する人も大きな荷物を自分でもってフロアにやってくる(それか私のように車椅子かストレッチャーで運ばれてくる)。
「会えなくてもお手紙渡したいから病院に行きたいって」
「大丈夫かな?フロアまでは来れるけど、病棟の入り口で看護師さんに荷物渡すしかできないんだよ」
「それでもいいみたい。明日、車で連れて行くね」
土曜日の電話の後、そんなやりとりをした。
娘がそう言ってくれてるのは嬉しいけれど、なんとなく気が重かった。会えないでまた泣いて帰るだけになっちゃわないのかな?と。
でも彼女がそう言うならそうなんだろうな、それで気持ちがおさまるならそれはそれで良いのかな…。
その日は特に検査もなかったので気を紛らわすこともできず、なんとなくずっとソワソワしていた。
点滴を変えにきてくれた看護師さんに
「今日家族が荷物持って来てくれるみたいで…娘も」
「あ、そうなんですか?娘さん、いくつですか?」
「7歳〜」
「7歳かあ〜!会いたいですよねえ。会います?って言うか見ます?って感じですけど」
「え?見れるんですか」
「うん、離れてだけど、手振るぐらいなら。いつ頃きます?」
「え、今ちょうど上がるってさっき連絡あって…」
「あら、じゃもうきてるかな?ちょっと見てきますね」
「チョロ寺さん!来てた!ちょうど!来れます?」
「ちょっ待っいま」
ガラガラガラガラと点滴スタンドを転がしてスタッフステーション(そういえば今はナースステーションじゃないんですよね)のところに行くと、病棟入り口でパパの前に立ってパパに腕をホールドされてる娘がいた。
…わぁ〜、むすめちゃんだ…
ふりふり、と手を振ってみたら
ふりふり
と帰ってきた。
二、三回そのやりとりをしたところで、あ、あの子泣くなっていう空気。
しまった私眼鏡だから顔がはっきり見えない、もう泣いちゃってるのかな、あぁもうコンタクトにしてくれば良かった。
多分いま泣きそうな顔で、あ、泣いた、静かに泣いた、だめだこっちも泣いちゃう、ちゃんと見てたいのに。あの愛しいフォルムをちょっとでも長く見ていたいのに、あ、コートが新しい、ばあばに買ってもらったんだな、よかったねえ
10mぐらい離れたところから無言で手を振って、お互いが泣いていた。
「ママ見てるからエレベーター乗っていきな」
このままずっといたら止まらなくなって帰りたくなくなっちゃうだろうなと思ってそう言った。
ふるふる、と首を横に振る。
そうだよねえ…帰りたくないよねえ…
「じゃあ、ママがお部屋に戻るよ。来てくれてありがとう、明日からまた学校頑張ってね!」
そう言って手を振った。
ひー、と袖におでこをあてて泣いた。
泣いてばっかりだ。
この絶妙な距離、10m。なんだか彼岸と此岸みたいだったな、さつきと等みたいだな。
ムーンライト・シャドウという吉本ばななの短編小説を思い出した。
辛すぎて、でも泣いても仕方ないし、と荷物の整理をしようと持ってきてくれた荷物を開けた。
中にフェルトの表紙の本?が入ってて、手紙が入ってた。
手紙、とても可愛くて、文字書くのあんまり好きじゃないのに頑張って気持ちを込めて書いてくれたんだなあとまた泣きそうになって、本の方を見た。
『むかし あるむらに おんなのこと おかあさんが いました そのとき とつぜん おかあさんが おなかがいたいと いいだしました そのおかあさんは にゅいんすることになりました』
昔話に…なってる…😂😂😂😂😂
にゅいん…
そして次のページに
「つぎに いっしょに かこうね!」
とたくさんハートが書いてあった。
涙が一気に引っ込んだ。かわいくておかしくて。
やっぱり彼女は優しくて可愛くて、我慢強くて面白い。最高の娘ちゃんだ。
つづく