わたし、入院しています

急に入院した女の話

わたし、入院していますep.7

私が入院してる病院は最近新しく建て替えられた。昔は本当に古くて、夜になるとちょっと怖そうな感じ。
祖父が胃癌で入院してたのがちょうどこの病院だった。
私が高校生の時か。電車通学していて、学校帰りにお見舞いに来ている祖母と病院で待ち合わせをし、祖父の夜ご飯を見守り、そのあと2人でご飯を食べて帰るのが『お楽しみ』だった。

病室に入り看護師さんや周りの人に挨拶しつつ「おう」というと「おう」と祖父がいい、疲れた〜と言って祖父のベットでゴロゴロする。
「邪魔だな」「でけえな」と言いながら祖父はちっとも嫌そうじゃないのを私は知ってる。手術したあとで食欲のない祖父は「もうお前が食べろ」と半分以上残った病院のご飯を私に勧める。
えー、この後ご飯食べに行くんだけど、と思いながら部活帰りでお腹が空いてるので、いつもぱくぱくぱくっと全部食べた。
「もう食ったのか?早えなあ」とニヤニヤ嬉しそうにするのが何となく嬉しくて、いつも少し急いで食べた。

「ほらもう帰れ」と急かされて、「じゃあね〜おやすみーまた来るね」と祖父に言い、祖母と腕を組み、ビジネス街の夜を歩く。

どこにする?と言いながら、祖母はいつも、ここぞとばかりにいいところに連れて行ってくれた。なだ万、柘榴、たん熊…もう私一生行かないと思う、そんないいお店笑。

祖母は定年までずっと役所の福祉課で働き、定年後も非常勤で働いてた。義理の母(私の曽祖母、ひいばあ)の面倒をずっと見てて、平日も昼は同じく役所勤めだった祖父と家に帰ってきて、みんなのお昼を作り、曽祖母と3人で(私がいると4人で)お昼を食べ、また急いで洗い物をして役所に戻った。

そんなコマネズミみたいに人のために働いて働いて働いた人が、夫の入院中に、孫とちょっと(だいぶ?)いいご飯屋さんでご飯を食べるっていうのは多分最高の贅沢で息抜きで、もしかしたら仕返しだったのかもしれないな、と思う。だれに?うーん、自分の人生に?それは仕返しとは言わないか。ご褒美っていうのか。

今回入院するまでは、この病院のことを考えると、そういうことが一気にセットで思い出されてた。祖父も祖母もいつかは死ぬなんて思ってもなかった能天気な高校生だった私の視点で。

だからちょっと、搬送されたとき嬉しかった。
綺麗になっちゃったし、周りもまた綺麗になっちゃったから、その時とは全然違うけど。

でも例えば、病院のすぐ近くにある大使館の大きな木。あの木はきっと祖父が入院していたとき、祖母が家と病院の往復で大変で、合間に孫とのご飯を楽しみにしてたとき、多分ずっとそこにあったはずだ。

そんなことを病室のある14階の談話室から見下ろしながら、考えた。

2月になった。
正式に車椅子じゃなくてもいいことになって、ベットの上に貼ってあった車椅子マークをとってもらった。
いちいち看護師さんの手を煩わせないでいいのが気楽で嬉しくて、ひとりで院内のコンビニに行ってみたくて、点滴のスタンドをガラガラ押しながらコンビニに行った。
まだフラフラする時もあるので慎重に…。

今年は節分が2日なのかあ、と思いながら豆まきの豆が並んでるのを見た。

入院する前、娘とした会話を思い出してふふふ、と笑ってしまう。

「はぁ…ねえママ…。学校にも鬼くる?」
「え?どういうこと?」
「あのほら…保育園にきたじゃない…鬼…怖くて泣いちゃって…あれ学校もまた来る?」
「ああ!節分の鬼のこと?うーん、どうだろう?ママの時は学校までは鬼来なかったから大丈夫じゃない?」
「そうなの?あ〜よかったほっとしたぁ!」

相当怖かったんだなあ。
彼女は自分の中にいる泣き虫鬼を今年は退治したいらしいんだけど
ママの方が泣き虫だからな〜退治しなくてもいいのでは…。と思ったりして。

ずっと絶食が続いていて、もう1週間が経つ。

お腹がすいたとか、そんな次元は通り越してしまった。でも「美味しそうだな〜」とは思うので、コンビニの棚の商品を見てるのが楽しい。
コンビニの棚にある商品っていろんな人が一生懸命商品開発した成果な気がして、全部キラキラしてる。考えられていて、凝ってて、綺麗で、丁寧でエネルギーを放ってる感じがする。
だからコンビニ一周するだけで展示ひとつ見たぐらいの満足感と疲労感がある。これは元気な時には決してわからない感覚で、覚えておこうと思った。

つづく。